お侍様 小劇場 extra

     お散歩、仔猫 〜寵猫抄より
 


      幕 間



千切りキャベツに、やはりスライスしたタマネギを軽くソテーしたのを乗っけて。
しゃぶしゃぶ用の薄切り豚を、日本酒と塩コショウ、ショウガ風味の下味汁へ漬け置きし、
照り焼き甘辛のたれで、いわゆるショウガ焼きにしたの、
熱っつあつのタレごと、用意したキャベツ盛りの上へ乗っけて染ませて。

 “こうすると、生野菜が得意じゃあない勘兵衛様にも、たんと食べてもらえる。”

当初は家政婦に来てもらって、任せていた家事全般だったのだけれども。
不規則な生活ぶりなその上、妙なところで妙なこだわりが多き勘兵衛は、
不満があっても言わずに隠し、その歪みが創作活動にまで封をしかかるほどの、
のっぴきならぬ影響となって七郎次が気づくまで、
見事
(?)隠し通した頑固者だったので。
亡くなられた母君の料理の味や、洗濯物、掃除における手際などなど、
唯一覚えていた七郎次に白羽の矢が立って、此処での同居が始まった……、

 “……ってことになってるけれど。”

覚えがあっても当時はただの高校生に過ぎなくて。
初めのころは散々な手際で、
却ってお邪魔ばかりしていたような気がするなと、
擽ったい何かが込み上げて来ての苦笑が洩れる。
傍らに置いてもらえたことで舞い上がってて、気がつかなかったこと。
そして今では、もう遅すぎて訊けないこと。
一体何がどうお気に召して、こんな間近へ自分を置いてくれている彼なのか。
身寄りのない子だからと同情して?
それとも……

 「みゃ〜、みゅ〜う。」

もはや無意識にでも出来るそれ、
盛り付け前の仕上げを残し、他の段取りも整えて。
することが無くなってもそれへ気づかず、
キッチンの流し台の前に突っ立っていた七郎次を、はっと我に返らせたのは、
リビングの方から立った、幼い仔猫の甘い声。

 「あ…。起きたのかな?」

お散歩から戻って、おやつにとミルクを飲ませたところ、
はしゃいだ分だけ疲れていたか、
ソファーの上、丸くなってくうくうとお昼寝を始めた久蔵だったので。
夕飯の支度をする間、ちょっぴり目を離していたものが、
ようやっと目を覚ましての呼んでいるらしくって。
やくたいもないことに気を取られている場合じゃあないと、
エプロン外してそちらへ向かう。
丸ぁるいお膝に片手をついて、むくり、起き上がってた小さな坊や。
まだ少し萎えていての、
力なくすぼまった小さな肩が何とも可憐な愛らしさだったが、

 「……判ったから、齧るのはやめて。」

眠気の去らぬ身には重いのか、
綿毛の乗った小さな小さな頭がよろよろと落ちかかるのを、
掬い上げるようにして受け止めてやったのが、七郎次の白い手のひら。
そこへ ぽにょいとふわふかな頬を乗っけていた久蔵だったものの。
寝ぼけてなのか、甘えてなのか、
間近になってた指の先、幼い歯でがじがじと甘く咬み始めたものだから。

 “うあ、結構痛いなぁ。”

仔犬や仔猫の乳歯は案外と鋭い。
小さいからその分、同じ形のそれが鋭角になってしまうのらしく。
まさかに本気で食いちぎろうという咬み方じゃあないらしいが、
それでもチクチク来るのが随分と意外で。
日頃、勘兵衛が好きなように自分の手を齧らせて甘やかしているのを、
何とはなしに見ていたが、
こうまで痛いの、よく我慢出来るもんだなぁとか、
彼と自分と、そうまで手の皮の厚さに差があるのだろうかだとか。
そんなこんなと他愛ないこと、思っておれば、

 「ああ、こらこら久蔵。」

二人で座していたソファーへと向けて、そんなお声が唐突にかかった。
小さな頭をふりふりと振り回しまでしてのじゃれようをしていた仔猫が、
その動作をひたりと止めてお顔を上げたのと。
扉のない刳り貫きとなっている戸口から、広めの歩みで入って来た人影が、
そのまま真っ直ぐ向かって来たのがほぼ同時。

 「にぃあvv」
 「勘兵衛様。」

  起こしてしまいましたか?
  いやなに、十分寝たのでな。

ちょいと興に乗ってしまい、昨夜は、いやさ未明まで、
時を忘れての執筆にかかっていた反動でだろう、
今日は昼あたりからどこか眠たそうにしていた彼だったので。

 『勘兵衛様、ちょっと散歩に出て来ても構いませんか?』
 『散歩?』
 『はい。
  今日は暖かそうなお日和ですし、果物が切れてましたので、
  久蔵を連れて駅前の商店街までぶらぶらと行ってみようかと。』

昼寝をしろと言ったとて、
今 寝てしまうと夜になったら眠れなくなると、
そんな理屈を捏ねて、きっと素直に聞かないだろう天の邪鬼。
彼の母上がそんな言いようをなさっていたのは七郎次もよくよく覚えているが、
最近では、眠いと感じたときに少しほど仮眠を取っても、
夜の睡眠への妨げにはならぬことが判って来ている。
子供や寝たきりのお年寄りならともかくも、
時折道場で竹刀を振っているほどの御仁で、基本的な代謝がまだまだ高いめなので。
何時間もの熟睡さえしなければ、生活サイクルの邪魔にはなるまい。
それでと、
お相手出来ませんので、その間の暇塞ぎに…と仄めかせば、
何が言いたいかは伝わったらしく、苦笑交じりに見送ってくれた御主。
そおっと戻ると、寝室でくうすう眠っており、
久蔵が昼寝に入ったのも、そんな彼の寝息を聞いたせいもあったのかも。

 「まぁう?」

ずぼらをし、お顔の重みを七郎次の手へ預け切ったままで、
間近な指へあぐあぐと甘咬みをするというじゃれ方をしていた久蔵だったが。
ソファーの背もたれの上、勘兵衛の姿を見た途端、
自分のお膝へ手をついて、現金にも身を起こし、
お顔も上げて甘えかかって見せる無邪気さよ。
そんなおチビさんの小さな顎へ、するり、武骨な指を差し入れて、
くるくる喉が鳴るのを楽しむように、そおと撫でてやる勘兵衛であり。

 「シチの手は色々こなせる大切な手だからの。」
 「みゅう〜。」
 「よしか? 大事にさせねばならんのだ。」
 「一体何をそんな子供に吹き込んでられますか。////////」

それとも、勘兵衛様までまだ寝ぼけてらっしゃいますか?
からかわれたと思ったか、うむむと眉を寄せた金髪美形な敏腕秘書殿へ。
すぐ真下にいた仔猫を見下ろしていた、
伏し目がちになってた視線をちろりと上げた勘兵衛。
深色の目許をやや和ませるように細めると、
向かい合う当の本人へと言ったのが、

 「甘いと気づいて気に入りにされては儂が困る。」
 「〜〜っ。///////」

彫の深い精悍なお顔、凛と鋭く冴えていると雄々しいばかりな人だが、
柔らかな感情が乗っかると、
不思議なくらい繊細な甘さが滲み出すことが最近判って。
そこへと加えて、仄かに乾いたお声が、
低められると途轍もなく甘いそれへと変わる。
閨へと引っ張り込まれてしまう一番の要素が、
そんなお言いようという武装を決めたら、もうもうひとたまりもないじゃあないか。

 “これだからジュブナイルは引き受けてほしくなかったのに〜。///////”

どんな甘愛ぁい場面を書いておいでの御主なのだか。
頼みますから、傍づきの侍従を今更誑
(たぶらか)すのは辞めて下さいと、
なかなかの本気で思ってしまった七郎次だったりするのだった。

 「? いかがした?」
 「いえ。あ、そうそう。
  外で撮っても仔猫の姿でしか撮れてませんでしたよ?」

さっきのお散歩中、携帯で写した久蔵の写真。
彼らが直に見る姿は、
そりゃあ愛らしい五つか六つくらいの人の和子という姿の久蔵だけれど。
他の人物にはメインクーンという長毛種の仔猫にしか見えず、
また、鏡に映った姿は彼らにも仔猫としてしか見えなくて。
そんな中でもしやしてと試したところが、
カメラやビデオで撮った映像の中の彼もまた、
小さなモヘアの毛糸玉のような、キャラメル色の仔猫でしかなくて。

 「愛らしい姿ではあるが。」
 「ええ。でも、こちらの、坊やの姿は残せないのですね。」

不安定なソファーの座面でよいちょと立ち上がり、
衝立のような背もたれの、向こうにいる勘兵衛へ、小さなお手々を伸ばす坊や。
か細い手首を覆い、甲の半ばまであるという萌え丈の袖口から覗く、
まだまだ丸みのほうが強い、
そりゃあ稚
(いとけな)い手を優しく捕まえてやり、

 「まま、不思議な和子であることは、誰にも悟らせたくはないのだし。」

大きくて頼もしい勘兵衛の手が気に入りか、
その温みへ“にあvv”と微笑った幼い坊やへ、
勘兵衛の側からも慈しむよに笑い返して、

 「儂らで忘れなければ、それでよいではないか。」

どれほどのこと愛らしいか、無垢で無邪気で、そんな彼がどれだけ愛おしいか。
要は自分たちが忘れなきゃあいいのだよと、
深みのあるいいお声で囁くように紡いだ御主だったのへ、

 「…勘兵衛様、
  もしかしてローゼンシュバルツ文庫へのお話書いてませんか?」

 「何故 判る。」

やっぱりかと。
少女向けロマンチック小説専門文庫へ頭が偏っていたのなら、
そんな甘ったるい言いようもすらすら出るのも道理だと。
合点がいったと同時、
少々脱力したよに、撫で肩の上、金絲の載った頭を傾けた七郎次だったものの、

 「???」

お話の中では随分と策を巡らせ、どんでん返しも数々ご披露なさる人なのに。
意気軒昂な論客相手に、
資料もなしのぶっつけで、少しも怯まずディベート返しをこなせる豪傑なのに。
こんな他愛ないことに限っては、自慢の機転を利かせられない鈍な人。
素晴らしいところと同じほど、
どうしてだろうか、そういう欠けたところも愛おしいなんてねと。
今度は自身の物好きぶりへ、甘い苦笑が込み上げて来てしょうがない、
それとは気づかぬ幸せに、総身を満たしておいでの辣腕秘書殿であったらしい。






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  *気がつかれた方もおいでのようですが、
   こっちのシチさんの口利き、微妙に“向こう”とは変えております。
   勘兵衛様にもそんな大層な敬語は使わせないようにしておりますし、
   ヘイさんや久蔵へも、です・ますは使わせぬよう、
   そうすることでの区別化に頑張っております。


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